佐藤拓馬の「お勝手になさい。」

高橋悠治ピアノリサイタル

今日は、高橋悠治さん(1938生まれ)のピアノソロコンサートに行きました。
(知り合いの方に招待席をいただけまして。)
とてもすばらしかったです。
前半はシューベルト、モーツァルト、石田秀実さんという3人の作曲家の曲を各2曲づつ交互に。美しい音色にちょっと眠くなってしまいました。スイマセン。
休憩をはさんで、後半はクルターグ・ジェルジ(1926年生まれ)というハンガリーの作曲家の「ヤーテーコク(遊び)」という、いまも書き続けられている音のスケッチブック、音の俳句集、親しい人たちへの挨拶や追憶などが語られている作品集から。
これらの曲がみなとても短いのです。数小節のものから、数十小節、長くても3ページくらい。後半のこの作品たちは、とても楽しく聴けました。
高橋さんの演奏は、ひとつひとつの音がみな歌っていて、曲の理解がすごい。現代音楽(に入るのかな?)が難しく聞こえないのです。作曲家のセンスでもあるのでしょうが。たった数音で一瞬で終わってしまう曲もあるのですが、その中でちゃんと歌がきこえる。複雑でとても美しい響きの曲もたくさん。

力が全く入っていなくて、変な主張もなくて、高橋さんが曲の一部のよう。
黒いスーツとかじゃ無く、柄もののおしゃれなシャツを着てらして、見た目は、ポップスやジャズの人みたい。拍手に対して、毎回とても人なつっこい笑顔を返していらっしゃいました。
曲の解説をほんとに簡単にポソポソとされるのですが、造詣の深さがうかがえるのに、全く難しく話さない。タイトルどうり、作曲家の「遊び」が伝わってくる。そこに乗っかってくる聴衆を待っているような。だから、拍手に対して子供のような顔で喜ばれていたのでは。
ご自身も演奏家としてだけでなく、作曲家でもあられるので、他の作家を演奏している姿からは、なんとなくプロデューサー気質が伝わってくる。演奏はすごいのに、演奏家としてのエゴをあまり感じなかったです。高橋さん自身はすごく力が抜けていて、曲の一部になってしまっているような。なんだか愛も感じました。すごいおじさまでした。
# by sattak1974 | 2007-07-11 23:12

平原綾香ライブ

今日は、東京国際フォーラムに平原綾香さんのライブを見に行きました。
3月に大学を卒業されて、4月からのツアーの最終日ということ。
サックスも披露されました。
とてもさわやかでした。
お客さまも上品で温かいかんじ。
でもちゃんとオールスタンディングの場面もあり。。。

ツアーメンバーのヴァイオリンの今野均さんは、音大の先輩にあたり、
4月にプリンスアイスワールドというフィギュアスケートショーの音楽のレコーディングでもお世話になりました。見せ場もあってとてもかっこよかったです!。
# by sattak1974 | 2007-07-01 23:19

朋ちゃん

ネットのニュースで読んだけど、華原朋美さんが、事務所を解雇されそう?
がんばれ朋ちゃん!くさるな!
世界はもっときっと広いのさ。それだし、逆に、すごく身近にすばらしいものがあるのかもしれない。
あなたの気持ちなんて私にはきっと分からない。
でも、私はなぜかどこかで応援しています。
そういう気持ちで朋ちゃんを見ている人は他にもたくさんいるんじゃないかな。
# by sattak1974 | 2007-07-01 01:25

年金問題

年金問題といえば、ついこの前までは、未納者の増大の問題、少子高齢化による納入者と受給者のバランスの崩れの問題であったが、最近は、管理のずさんさにおちいってしまった。収めないモノも、ちゃんと管理の仕事をしないモノも、同じ日本人なのでありますが、管理のずさんさが分かったのが、今であって、管理はむかしから続いているわけですから、「むかしからずさんであった」というわけであります。
むかしの年金を管理していたエラい人の話で、年金制度が始まった最初のころ、お金が溜まった溜まった。これを高齢者に払うのは、何年後か。こんな大金を寝かしておくバカはないというんで、いろんなところに転がしたという話もしていたようであった。
なんともめでたい国民ではありませんか。笑。ハハハ。
私も分からなくはありませんよ。私も同じ、バカでおめでたい日本人なのです!。

年金制度が出来て、何年?この年に改めて、この制度の必要性、不必要性、必要ならどうするのかを問い直すいい機会にしませんか?。この時をうやむやにしたくないじゃないですか?。この期に及んでも、なしくずしに、また意味のない制度を延長させないで欲しい。意味のある制度にするか、いさぎよく辞めてしまうか。(辞めるなら、急には無理だから、今現在、年金を頼りにしている人は保障して、フォローをして、じょじょにフェードアウトさせる必要があるでしょう。)
僕はまだ若いから、辞めちまえなんて言えるんだけど、もっと払った年月が長くて、もうちょいで、もらえる年齢の親の世代にしたら、今辞めるって言われたらやっぱ怒るよな。

気分が萎える要因は消していきましょうよ。普通が普通として通用する世の中にしましょう。この世に対する疑念や不安が多いから、未来を背負う子どもも作りたくない。自分さえ良ければいいとみな心に壁を作る。日本のむかしの良さは、何も無かったけど、隣りの人間どうしが、なんだか支え合って生きていた。そのころは年金の関心も薄かったんじゃないかと思いますね。そんなもんなくたってなんとかなると思っていたし、なんとかなっている家族、社会制度(法律で作る制度じゃないほうね。)があった。現に年金制度が出来る前は、なかったんだから。


公的サービスの、あいまいさは、誰にも平等であろうとすると、逆に積極的な行動がとれなくなるというようなものも想像できはしますが、黒澤明の映画「生きる」でも端的に描かれています。
役所の課長(どこ課だか忘れました)が、毎日毎日、ほとんどあくびをしながら書類にハンコを押すだけの仕事をしている。市民が、「ここをこうして欲しい」と、ある課に直接言いに行くと、「それはどこどこ課へ」と、どの課に行っても、他の課にたらいまわしにされて、もとの課にもどってきてしまい、怒って市民たちは捨て台詞を吐いて帰ってしまうが、役人には全くその言葉も響かない。主人公の課長は、ガンだかなんだかの病気で、ある日突然自分の余命が数ヶ月と知らされる。自暴自棄になって、夜の繁華街を売れない作家のようなやつと飲み歩いたあと、心を入れ換えて急に仕事をまじめにするようになる。そして、一生懸命頑張って、たったひとつ、線路沿いに、ブランコがあるだけの、小さな小さな公園を作るのである。
# by sattak1974 | 2007-06-26 23:59

ゲーム音楽

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おととしにPSPの「くれよんしんちゃん」「交響詩篇エウレカセブン」に数曲提供し、去年、DSの「株トレーダー瞬」のオープニング、エンディング以外の全曲を作りました。今月発売になりました。ゲーム機は、PS1、PS2は持っていたのですが、やったのは「F1」「バイオハザード」「クラッシュバンデグー」「ラチェット&クランク」くらいだけ。あとはDVDプレイヤーとして使っていました。

仕事が無くてどうしようかと思い、履歴書や音源を送って、面接もしてもらって、暫くしたらDSのパズルゲームの仕事をいただけたので(おうちゃくな私にしては画期的なこと、笑)、参考のためにも、と、DSを買いました。本体はいつも店にないよね?なんでだろう。ネットで早いもん勝ちのショップで買いました。そのパズルゲームの仕事はボリュームがなくて、最初つまづいたものの、その後はとんとんと作業が進み、今日終わってしまいました。次の仕事くれないかな。

「バイオハザード」はプレステでやったのと同じでした。なんだー。でもやっちゃった。やっぱコワい。(笑)小さな子どもにはやらしたくない。
「えいご漬け」を毎日数問やるのが日課になっていて、楽しいです。(笑)
学生時代は英語が一番好きな学科でした。一番手っ取り早く実用できそうな科目じゃないですか?でも、会話はほとんどできない。笑。
4年前「コアオブソウル」のサポートでニューヨークに行ったときも、おととし「jaja」のレコーディングでロジャーニコルスというエンジニアと仕事したときも、ライブでマレーシアにいったときも、全然話せない自分が不甲斐なかったなー。(笑)
小さいころ、親がスイミングスクールに通わせてくれていた。本人はやや行きたくなかったんだけど、「泳げない」か「泳げるか」も、「英語しゃべれる」か「英語しゃべれない」かとかも、環境があって幼少時に自然にやっていれば苦もなくできるもの。(いや、スイミングは意外と苦しかったか。笑)大人になってコンプレックスを持ちながら、努力する必要も無い。しかし、あたりまえに出来ることに、意味はそんなにないのかもしれませんな。(と言ったら親の心子知らずと言われそうですが。)思い出しましたが、日本に生まれた健常者は自然に日本語しゃべれるようになるけど、生まれつき耳が聞こえない子は日本語を覚えるのが大変なんだそうです。彼らは「手話」で育っているから。頭でも手話で考えるんだと。だから、彼らにとっての第二言語の「日本語」と「手話」を結びつける教育を小学生ころにやるんだそうです。あ、そうなんだとちょっと驚きでした。
# by sattak1974 | 2007-06-19 17:03

シメはハネケン

時々「you tube」でいろんなアーティストの音楽やインタビューを聞くのが楽しい。
今日はユーミン、ティンパンアレー、細野晴臣、YMO、クラフトワーク、矢野顕子、ハラカミレイ、サディスティックミカバンド、高中正義、パットメセニー、コルトレーン、マイルスデイビス、オスカーピーターソン、エラフィッツジェラルド、four play、ボブジェームス、上原ひろみ、と、きて「羽田健太郎」を見た。

題名のない音楽会での追悼特集。
いやーポップス、クラシック、ジャズ、とテレビの音楽の作曲の数々。「西部警察」「渡る世間は鬼ばかり」などなど。
あんなにどんなジャンルも弾ける人なんていなかった。あのポジションって、羽田先生しかいなかったんだなと今になって思います。
唯一無二の「羽田健太郎」が出来ることをまっとうしておられた。
どんなジャンルもできて、いつも体当たりな感じがすごくかっこいい。もちろんすべてクリアーできちゃうんですけど。
ジャズとクラシックの融合された、得意のガーシュウィンの「ラプソディーインブルー」はピアノを弾きながら、指揮をします。途中「せーのー!」って言ってる。
すごい!「せーのー!」なんだよ。きどってんじゃないよー!って感じがすごくかっこいい!
身をもって教えてくれていたことがいっぱいあったんだなって今になって思います。
# by sattak1974 | 2007-06-16 04:32

地球と人間

昨日のテレビで、地域の名前忘れてしまったけれど、温暖化による砂漠化で、緑地を求めて遊牧民どうしが紛争しているというニュースをやっていた。宗教の紛争ではない。馬に乗ってきて村を荒らし、略奪をするんだそうだ。家畜などを盗み、おんな子どもも構わず殺すという。
ちょっと驚いた。しかし、いい環境を奪い合って戦争をしてきた人間の歴史は確実にあるから、これはむしろ、環境破壊のほうが顕著に現れているために、あまりに環境破壊と紛争が直結して見えたので、驚いただけなのかもしれない。
その悲しさが残っていたのか、眠りについて、戦争の前線に参加している夢を見た。
どうにもあらがえない切なさと、死が隣り合わせの緊張で目が覚め、ささくれだった気分を整えたくて、またつけたテレビで、今度はこんな科学番組をやっていた。

「動物園」には、絶滅危惧種がたくさんいるという。サイ(角が漢方薬の原料になり、乱獲されている)、アムールトラ(世界に数百頭しかいない)、ホッキョクグマ(温暖化で氷が溶けて住めるところが減っている)、ヒトに一番近いというチンパンジーも今世紀中に滅びるだろうというのだ。

「ヒト」がこれほどまでに、地球上にはびこる前の、8000年前に、地球にあった原生林(あらゆる生物の温床となる)の面積が、なんと現在はその5分の1になってしまったという。
自然の一部であった(もちろん今も)「ヒト」は繁殖し、テリトリーを広げ、(道を整備し、ビルを建て)他の生物を追いやって来た。そして、動物園などという施設に、絶滅寸前の動物たちを「保護する」とかいう名目で(?)オリに入れている。非常に「ヒト」というのは、オカシな動物である。

「化学物質」についてもやっていた。
便利さを求め、「ヒト」は自然界にはない物質をたくさん作ってきた。
チェルノブイリ原発事故のあと、放射能汚染地域に住むトナカイを食べた「ヒト」に奇形の子どもが生まれるなどの症状が出たり、日本では水俣病という、工業廃水に含まれる化学物質が魚に溜まり、それを食べた「ヒト」にけいれんが止まらないなどの症状が出た。
80年代のアメリカ五大湖でも、工業用化学物質(PCB/機械の潤滑剤などとして使われる)を含んだ工業廃水で、湖に住む鳥に、卵が孵化しなかったり、生まれてもクチバシが奇形のものが多く生まれたりということがあった。
我々の体には平均で0.27ng(ナノグラム)だったか、とにかく現代人の誰にでも化学物質は溜まっているんだという。それを環境ホルモンなどと呼んだりもする。
例えば工業廃水などで海に流れた化学物質は、まずプランクトンなどに取り込まれる。それを小魚が食べ、それをそれより大きい魚が食べ、それをイルカやクジラが食べる。
繰り返される「食物連鎖」によって「生物濃縮」がおこる。
食物連鎖の末端にいる「ヒト」は濃縮した化学物質を、例えば日本人がおいしいおいしいという魚の脂身に溜まりやすい化学物質を好んで多くとっているわけです。
それだけではありません。みじかにある殺虫剤や洗剤類、家の建材や書籍の防腐剤、漂白剤として化学物質はたくさん含まれています。

「ヒト」が過去に作った科学物質や、失った緑地、汚染した海などの影響は、他の動植物を通ってか、直接か、とにかくわれわれ「ヒト」にも返ってくる。
全てはつながって、ぐるぐるまわっているわけですから。
そんな単純なことを分かっていない「ヒト」ってちょっとヤバい動物ですよね。
「ヒト」がもっとちっぽけな存在だったころのほうが、自由だったと思います。
「ヒト」が言うところの「進歩」(これはほんとうの進歩かは分からない。)は止まるところを知らず、エスカレートし、繁殖をつづけて来ました。
環境問題がいよいよ身につまされる問題になったときに、とても悲しい思いをするのは「ヒト」でしょう。
動物や植物はすでに悲しい思いをしているのでは?それでも「ヒト」を許している。最後の最後に「ヒト」は自分のして来たことを感じるのでしょう。
紫外線が危険だから、外で遊ぶのはダメとかね。そんな思いを我々の下の世代の子どもにさせるわけですよ。
# by sattak1974 | 2007-06-08 04:58

上野不忍池水上音楽堂

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昨日は「jaja」のライブが上野不忍池水上音楽堂でありました。
雨のなか約150人ものお客さまが足を運んでくださいました。
この会場の広さからすると、寂しい感じはしてしまいますが、
「選ばれたお客さま」からの心が逆に伝わってきました。
演奏している自分は満員のつもりで、調子よくやってました。(笑)
珍しく打ち上げをバンドメンバーとやり、そのあとベースの方と二人で新宿の「なんとか横町」で飲み、始発で帰るという、とても久々のオールをしました。


P.S.
その「なんとか横町」(ガード下)の一番遅くまでやっている中華系の店(僕らが一番最後までいた客だったのですが、笑)の、「もやし炒め」「ぎょうざ」うまかったです。あとトイレが、その横町の真ん中らへんにあるんだけど、店と店の間のこみちに男性の小便器が2つ並んでいて、奥にあるドア付きの男女共用のトイレがふさがると、男はそこですまそう、みたいな。ちょっとドキドキ。トイレから出て来た女の人もさりげなくその後ろを通る。(笑)このゆるーい感じ。なんか新しくトイレを工事してるっぽい感じだった、上から青いビニールシートが垂れてきて(雨よけだと思う)頭にもさーっと乗っかる。足場も悪い。(笑)
店の食器やグラスもすごく適当に洗ってそうなんだけど、別に汚くない。慣れていてポイントを押さえた感じ。ぱっと見は、おおざっぱに見えるんだけど。毎日繰り返されている生活、仕事。
いろいろ削ぎ落とされて、必要最低限のものが残ったかんじっていうんですかね。
その店員の仕事を見ているのも楽しかった。


上野公園のはじっこには、ホームレスみたいな人が何人もいました。コンビニに入れば、やや薄汚れた人がカップラーメンだけを買い、店のポットでお湯をいれてました。
花壇に座り、髪が伸びて顔が見えなく、着ているものも真っ黒で、飲みかけのカップの焼酎が前にあって、うつむき、こころなしか頭と体を揺らしながら、ブツブツ何か言っている、自責の念にとらわれているような人がいて、お気持ちを少し察しました。どうしようもなくて、今の生活に落ち着いたのか。ほんとにほんとに今も、どうしようもなく抜け出せないのか。それとも抜け出したくないのか。
人間は、生まれたときは一緒なはずです。生まれた時から決まっているんだという人もいるかもしれませんが、どんな状況で生まれようが、人の重みは一緒だと思います。
ホームレスの人が軽く見えると言ったら、満員電車に毎日揺られて、職場では弱い立場の人もそんなに変わらないかもしれません。
弱い立場の人は(って自分は強い立場の人間ではないし、人ごとではありませんが)、世の中のバランスのために必要なのでしょうか。
とても不思議です。結局は本人の努力次第だというところに落ち着くものなのか。
それとも、こういう堂々めぐりなことを考えることはないのか。

動物の世界では、弱いものから食べられます。足が遅かったり。弱肉強食です。しかし、弱くて、早く死にそうな個体をちょうだいして、食べた獣の中で、その弱い個体は生きる。そして、弱いものが淘汰されるということは、健康で強い種が残されていくことに貢献しているとも考えられます。それと同じことが人間でも行われていると言えるのでしょうか。
健康な人。有能な人。強い人。美しい人(容姿が、あるいは心が)が残っていく?。
話がちょっと重くなりましたが、いろんなことを感じた日でした。
# by sattak1974 | 2007-05-26 15:41

団塊ジュニア

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母親、父親が「井上陽水」のファンで、幼少から、親がステレオで流すと一緒に聴いていました。吉田拓郎や、赤い鳥、さだまさし、中島みゆき、チューリップ、長谷川きよし、五輪まゆみ、加藤登紀子、イルカ、内藤やすこ、などなども。
先日、今年の陽水のツアーの千葉の公演を母親が見に行き、そこで買ったDVDを貸してくれまして、今日で、見るの3回目です。
時代というのが常にあると思います。それぞれの時代の人の表現があると思います。このような表現を可能にした時代背景があったはずです。戦争を体験していない戦後第一世代の表現。その世代のまた下の世代の私が聴いてもどこか懐かしく、古いとは思いません。しかし、親の世代は、戦地から帰り、片足なくて、寄付を求めている兵隊さんをみていたりとか、僕も少しはそういう人見ているけど、時代の空気ってあるでしょ。そういう物乞いが、だんだん成り立たなくなってくるんですよ。時代が変わってくると。そうすりゃ、兵隊さんで、お国の為に戦地で尊くも片足失おうが、その価値がなくなってきちゃうんですよね。そうすると、物乞いも自然といなくなる。「価値が変化する。」そんなことを繰り返しているのが、人間なのです。果たして進歩しているのかな?。
私は最近、もっと働かなければいけないなーと思うんだけれど、ただただやるんじゃなくて、仕事の意味をもっとふくらませないといけないなーと思っています。
陽水の「枕詞」は、聴くと、とてもフワフワして切ない気持ちになってしまい、現実にもどるのが大変なほどの、すごい曲です。
でも、バックのバンドメンバーが超ウマのベテランの方々。カッコいいー!

スティービーワンダーのカセットを買ってきたのは、父親だった。なんじゃこりゃー、すげー。って最初からは分かんなかったけど。そのカセットに入っていた、「I just call to say I love you」を耳コピーして、小学生のころエレクトーンの発表会で弾いてたな。
時代がレコード、カセットから、CDに変わって来たら、CDラジカセを父が買ってきて、最初に一緒に買って来たのが、「ベンハー」「ベニーグッドマン物語」「グレンミラー物語」のサントラでした。「ベンハー」のリバイバルを、有楽町かなんかの映画館に子供の頃、家族で見に行ったときは、なんだかとてもショックでした。奴隷制度とか、ライ病患者が隔離された洞穴みたいなのがあり、社会に必ずいる弱者と、それを救う神。でも、話の重さとともに、とても贅沢な気分を味わったのを覚えています。いい作品を鑑賞することの豊かさを父は教えてくれたんだと思います。
そのビクターのラジカセが、結構いい音してまして、学校から帰っては、それを床に置いて、うつぶせかあおむけになって、頭をラジカセに向けて、音に浸っていました。その後自分で聴くようになった、「安全地帯」「坂本龍一」「YMO」友達から借りた、「オフコース」「山下達郎」「尾崎豊」先生がダビングしてくれた、「WHAM」、「ジョージマイケル」「culture club」などなどなどなど。。。
そのビクターのラジカセが壊れちゃって、十代後半だったかに、自分で買って来た、ソニーのラジカセは低音ブーストがついてるんだけど、それをオンにしても、オフにしても、全然いい音じゃなかった。あのビクターのラジカセは、ラジカセとあなどるなかれ、私の音楽センスを作ったと言っても過言ではないのです。同じラジカセがこうも違うか。作る人間のセンスやなー。時代が数年違うから、ラジカセの標準レベルが下がったのか。ミニコンポか、それよりちゃんとしたステレオ買えってか?
今の私が聴いても、あのビクターのラジカセは、ああこんなもんか、と思うんだろうか。それともいい音じゃんと思うんだろうか。しかし、あの当時の音の新鮮さはすごかったなー。
今の私も、もっとどん欲に、新鮮な音を求めていないと、ダメなんじゃん?笑。
# by sattak1974 | 2007-05-19 03:14

カレーライス

カレーがたまに作りたくなります。
家にいる日は、夕方にスーパーに行き、適当に食材を買って簡単料理しています。
部屋に備え付けの冷蔵庫は、入居時から、消毒薬みたいなニオイがしていて、ニオイがうつるの嫌だし、電気代がもったいないような気もするので、(パソコンやエアコンは仕事中、つけっぱなしにしていることが多いのに。エコロジーに反しますが。)冷蔵庫を全く使わない生活を、一人暮らしを始めて、ここ4年くらいしています。(笑)電子レンジも持っていない。(笑)
それで、外で仕事がない日は、スーパーに夕方現れるので、「あのあんちゃんは何をやっているんだろう。」みたいな視線を気にしつつ、(と言うほどは、みな私のことなどさほど気になっていないんだろうが。笑。もう今の部屋に住んで2年も通っているんだよって。)晩ご飯の食材を買いにいく。そとで食べてもいいんだけど、作るのが好きなんだろうか。野菜を多めにとるようにしている。

カレーの作り方ですが、結構前にテレビ番組でやっていたポイントを参考にするようになって、前よりおいしくできるようになりました。しかし、毎回少しずつ違う味です。それは、肉も野菜もまったく同じものではないからもあるけど、不思議なもんです。
私がもし「おふくろ」だったら、「おふくろ」の味のカレーはいつまでたっても作れないし、いつも同じ味を出さなければいけない「売り物」は作れない。(笑)実は飲食関係で働いていたことは結構あるんですが。。。「おふくろ」は、なんとかいけるか。「売り物」だったら、食材の仕入れをちゃんと目利きをして、いいものを安定して手に入れなければダメですね。

余談ですが、デパートの中にあった、和食チェーン店の厨房でむかしバイトしていたとき、メニューの中に「エビ天丼」のほかに「大エビ天丼」というのがあって、「エビ天丼」のより、「大エビ天丼」のほうが、エビは当然大きいんだけれど、切れ目を入れて切れない程度に伸ばし、衣もまとわせ、より大エビに仕上げる訳なんですが(笑)。ある休日、私が出した「大エビ天丼」を目にした他の客が、それにつられて「大エビ天丼」を頼むらしく、「大エビ天丼」を作りつづけた日があった。(笑)オーダーが止まらない、私の作る「大エビ天丼」を店長らも、興味深げに見ていた。形はわりと立派にみえたが、果たして味はどうだったのか?しかし、休日の家族連れの好奇心を満たしたことには変わりなかったようだ。(笑)

話がそれましたが、その番組によると、市販のルーを使う場合は、調味料はよけいなものをいれないこと。これは、ルーはバランスのとれた味を吟味して作られているから、そこへ、醤油やソースやケチャップやチョコレートとか入れると、味が飽和して、ワケが分からなくなるだけなんだと。そういうものをいれるときは、ルーの量を減らすべきだと。
水や具の分量を守ること。
タマネギは茶色になるまで良く炒めること。これは根気よく。一番時間がかかる行程だが、おいしいラーメン屋に入ったときのような、甘くて香ばしい香り、旨味のために一番大事なポイントだ。(バターと油で炒めると、よりコクが出ていいらしいが、私は冷蔵庫を使わないので、バターを常備できないので、バターはパス、笑)
種を取り除いた鷹のツメ(種が辛い)、ニンニク、甘み成分に砂糖を少量をいれると味に奥行きが出る。(私はハチミツを使う。)
舌の仕組みとして、まず「甘み」を感じると、(オイシイ感)にスイッチが入るそうだ。その後「旨味」、最後に唐辛子の「辛み」がやってくるので、味の変化が楽しい。味覚のリレーが続き、食べ飽きないのである。
あとは、ニンジンをジューサーにかけて加えるという裏技。(私は、ジューサーを持っていないので、おろし金で、手ですりおろす。すこしぷつぷつとした食感が残るが、煮れば気にならない。)この、ニンジンをすったものをいれるという技は、ルーが煮汁に溶けただけでない、マイルドさをアップさせることに大きく貢献する。
煮るときは、沸騰して、アクをとったら、「弱火にしてコトコト煮ること。」多分科学的に証明できるんでしょうけど、ぐつぐつより、優しいかんじしないですか?
ルーを溶かし入れるときは、一度火を止めて、すこし温度をさましてからいれ、また火にかけるときも弱火でとろみが出るまで煮ること。これもなめらかな仕上がりのために番組中で実験済みであった。

今日はしかし、また余計なことをして、すこししょっぱくなってしまった。炒める前の鶏肉に塩、コショウをまぶしたのだが、すこし塩の量を多くしてしまったのだ。少量であれば、肉をおいしくするために有効な方法であったが、気を抜いてしまった。汗。。それを引けば自分的には、高得点。残さず食べた。

結局、ルーを使ってカレーを作る場合は、箱に書いてあるとおりを、だまされたと思って素直に実行するという結論なんであった。これは、私の中の価値観を大きく揺るがしました。(笑)私は、この番組を見る前、このハコの説明をバカにしていたのであります。それで、いろいろ試して、自分なりのカレーを作ろうと遠回りをしていたのです。
結局それは、たいした研究でもなく、たまに作るのがただ好きという気分転換のようなもので、もちろん職業でもないので、自分のカレーを編み出すところまでにはいたっていない。しかし、これからも死ぬまで、食べるために(もちろん誰かと一緒に食べるためにも、笑)カレーは作りつづけるだろう。だったら、おいしければいいじゃん。ルーの箱の説明に従おうよ。という結論であった。(笑)灯台下暗し。。。説明書きをバカにしていたのだ。そんなの分かってるよって、なにも分かっていなかったのだ。

しかし、実家にいたころ、遊びで作って家族に食べさせていたカレーと、自分の為に食べるために作っているカレーは、ちょっと違う意味あいになっていることに今、気づいた。
「遊び」ではなくなったということだ。今もまあ「気分転換」ではあるかな。しかし、「遊び」で作っていたカレーは、おいしいときと、ちょっとはてな?っていう時の差が大きかった。今は、「平均点を高くしようとしている」、が、やや冒険精神に欠ける。しかし、今のレシピは手軽に1時間以内に、リッチなカレーが出来るので、少し賢くなったのである。さあ、どっちがいいのか。笑。
カレーの私なりの旅は、これから数十年はまだ間違いなく続くだろう。笑。

(皿も、平たいものをカレー用に100円ショップで買った。(笑)どんな皿で食べても変わらないと思って、深皿にご飯をしいた上に、カレーをかけていたのだが、なにか違う。。。
平たい皿のほうが、食ベ安い。自分の感覚になぜ正直にならなかったんだろう。笑。)
# by sattak1974 | 2007-05-11 01:14



日記や活動予定などを載せていきます。
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