佐藤拓馬の「お勝手になさい。」

余命1ヶ月の花嫁

昨日「余命1ヶ月の花嫁」〜乳がんと闘った24歳最後のメッセージ〜というTBSの番組を途中からだが見た。乳がんのため余命一ヶ月と宣言された長島千恵さん(24)の最後の一ヶ月を密着取材したドキュメンタリー。友人達がサプライズで、恋人との模擬結婚式を用意してくれたところから。ウェディングドレスを着た彼女の幸せそうな顔。その後は病室での闘病が続いた。父親や叔母、恋人、友人たちが毎日のように病室で彼女を囲んでいる。実は母親も卵巣がんで亡くなっている。母の看病も、亡くなってからも父と彼女で力をあわせ乗り越えてきた。父の貞士さんは、妻を無くし、今度は娘までいなくなってしまうなんて、そんなことは信じられないし、受け入れられないと語る。余命1ヶ月であるということは、彼女本人には知らされているのかどうか、最初から見てなかったから分からない。しかし、病気と闘っている本人が一番分かっているのだと思う。体調がいい日はみんなとのふれあいをとても楽しんでいる。調子が悪い日は、背中をさすってもらいながら。彼女の言葉で素晴らしいものがいくつもあった。

「明日が来ることは奇跡なの。」
「東京の空気でも、外に出ると気持ちがいいんだよ。風って気持ちいいんだよ知ってた?」
「(恋人の太郎さんに対しては、)かけがえのないもの、なんて言葉でも軽すぎる。その存在にあてはまる言葉はない。」
「今がとても幸せ。このまま元気になれたら、私はすごい人間になれる。」

実際、もう手のほどこしようがないのであろう、治療という治療は行われていたようには見えなかった。鎮痛剤を使い、痛みをしのぐ日々。母親は、痛がって痛がって、苦しむので、モルヒネという麻酔を貞士さんが打ってやって欲しいと医者に頼んだ。しかし、痛みからは逃れられるものの、意識ももうろうとし、話しもできなくなってしまうことがあるという。それでも、声をあげて叫ぶあまりの苦しみように、どうしようもなく先生にお願いをする。モルヒネを打つと、ピタリとおさまったが、案の定、意識も飛んで受け答えもできなくなり、眠りながら亡くなっていったという。それを知っている千恵さんはモルヒネだけは打たないと決めた。
しかし、痛み止めは日に日に、強いものにしていかないと間に合わなくなってきて、医療用の麻薬パッチを腕に貼付ける。麻薬で痛みをごまかしているとはすごいことだ。そのパッチを貼った日は「どうもこのパッチと相性がいいみたいなの。すごい調子がいい。」と嬉しそうな彼女。ある日病室を出て、友人達と好きな焼き肉を食べに行った。ほんとうにおいしそうに、噛み締めるように味わって食べ、「幸せ。」という彼女。しかし、これが最後の外出になってしまう。
体調はどんどん悪化し、寝込み、笑顔がなくなり、受け答えも難しくなり、大好きなアイスクリームも食べなくなり、結婚式から1ヶ月後に、お父さんに手を握られながら亡くなった。

涙なしでは見られなかった。しかし、彼女はすごいことを分かっていたのだ。
自分を振り返った。自分は恵まれていると思う。
でもいつも何かが足りないと思っている。満たされないものを感じている。
何故自分は生きるのか。何故音楽をやっているのか。
まだまだ本当に心と体を捧げた音楽はできていないと思う。
彼女のような身にならなければ分からないことなのだろうか。
死に方には、生き方が出るという話を聞いたことがある。
死に方を考えることは、生き方を考えること。
そのうちなんとか分かりたい、
明日が来ることは奇跡的なことなんだということを。
by sattak1974 | 2007-10-08 09:14
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