佐藤拓馬の「お勝手になさい。」

養老孟司の本

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養老孟司の「バカの壁」を読んだら、「超バカの壁」「死の壁」などが読みたくなった。
茂木健一郎との対談をまとめたものもあり、茂木さんとつながった。
上4冊を読み終わり(死の壁がもう少し)今日、下3冊を買った。
養老さんは戦争が終わったとき8歳だった。敗戦と同時にそれまでの教科書を墨で黒く塗りつぶした。なにか確実なものが欲しくなって、死体解剖へとなんとなく繋がっていったという。
この人は科学が万能だとも言わない。現在の科学をこう書いています。
「2003年に中国が有人宇宙船の発射に成功した。新聞が一面で取り上げた。しかし、飛ぶだけならハエでも飛ぶ。それも思った通りのところに着陸する。計算通りにしか飛ばないロケットとどちらがすごいのか。悔しかったらハエや蚊を作ってみろ。また、計算がいくらうまくできるからと言って、あんた、自分の告別式の日だって知らないじゃないかと。」このひねくれ加減、あまのじゃくさが好きです。あとは「都市化」によっていろんなことが狂ってきたと言っています。
「個性」をのばす教育とか。個性はそもそも生まれながらにみな持っている。増えも減りもしないものだと。むしろ教育でやるべきことは、社会生活に必要な、共通理念を育てるほうなのだと。
「個性」はそもそもあるもの、「我々の体、心=自然」なのだと。
だから「個性」を教育で言うようになったのは、都市化によって、自然を廃してきて、「意識社会、脳社会」を作ってきたことの反動なのだと。
若者の「自分探し」とかにも、批判的。二十歳そこらで自分なんてわかるもんかと言う。
「仕事」に関しても、仕事というのは、社会に空いた穴を埋めるような作業のことだと。こんなとこに穴が開いている、ほっとくと危ないから、自分が埋めようと。まあその穴がいろいろで、希望の職種になってくるのかもしれない。しかし養老さんの「死体を解剖する」という仕事に関しては、解剖に向いている人間なんていないはずだと彼は言っている。まああまりに不器用だとか、血を見ると倒れてしまう人なんかは向いていないだろうけど、そういうのは抜きにして、本質的な部分で、「解剖に向いている人間」なんていないと(そんな人間どんな人間だよってこと)言っている。だから、自分にあった穴があるなんて思わないほうがよいと。これを読んで少し楽になった。大変だから仕事なんだよとかね。よく言うよね。

ちょっと話それると、この人は団塊の世代(僕らの親の世代ですね。)よりちょっと上なんですね。だから学生運動なんかも冷ややかに見てる。ああいう動きは世の中が少し豊かになって、学生の余力がなきゃ起きないと。ここからは私の気持ちが入りますが、あの運動で世の中の一体何が変わったのか。中途半端な印象しかないですね。ただ気運というか、俺たちにもなにかできる筈だという若者の気持ちは分かるけども、暴れてるだけなんじゃないかみたいな。団塊の世代はシラケ世代なんていうふうにも言われていた。その反動というか、目的を見いだせなくなって、矛先が欲しかったとかね。僕は人間はいつになっても考え方ってそんなに変わらないと思う。昔はもっと単純に生きてた。十代後半にはもう仕事もして、仕事なんて選ぶもんじゃなかった。早めに結婚して、昔は恋愛結婚なんてなかった。親が決めた人とくっついた。それで早めに子供を育ててみたいな。でも、そんなのがイヤで、「人間はこんなもんじゃない。」って言うんで、田舎から東京に出てきて、芸術活動をする人間も昔からいますもんね。
でも人間は戦争もあいかわらずするし、戦争がなくなるということは、ある種、人間の進歩と言えるでしょうね。たとえばアリンコの群れを観察していたとして、何かのきっかけで、殺し合いをはじめるわけ、そして大量に死ぬ。しばらくして止む。そして人口(?)が増えるとまた、殺し合いが始まるわけ。これを見ていたらなんてバカなんだろうと思うでしょ。笑。

話はそれましたが、現代人の「あべこべな悩み」をスパッと切ってくれて気持ちがいいのです。
by sattak1974 | 2006-05-16 21:59
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